奄美大島、おばあさん
2011、写真展『母の奄美』より、腕を骨折してしまった伯母ムツエ

 

ポートレイト、その意味とは?

まず、定義的には、ポートレートとは、いわゆる肖像写真や人物写真のことをを言います。

ウィキペディアによりますと

人物写真と呼べるものは、例えば家族の写真(家族写真)、団体における集合写真、雑誌等の表紙や記事のための肖像写真、お見合いのための写真、著名人有名人のブロマイド、証明写真、警察による犯罪者の写真(司法写真)など、極めて多岐にわたる。これらはいずれも美術作品としても成立しうるし、単なる記念や記録の品としても成立しうる。

以上からすると、まったくポートレートを撮ったことも撮られたこともないという方は、ほとんどいないのではないでしょうか 。

ましてや、写真家、カメラマン、カメラ好きの方で人物写真を一度も撮ったことがない方は、ほぼ皆無だと思います。

ということで、今回は、ポートレイトの意味を考えてみようシリーズ第1弾、『ポートレイトに存在する全ての要素』編。
 


 

ポートレイトに存在する全ての要素

みなさんは、写真が発明されてから今日まで、ほとんどすべてのポートレート写真は、典型的な4つの主要な要素から成り立っているのをご存知でしょうか。

1、顔・・・表情や髪型など、個人的な外観

2、姿勢・・・様子や態度

3、服装・・・社会的階級、性、文化的価値観とファッション

4、場所(環境)・・・写真の中の人物が身を置く社会的場面

様々なタイプの肖像はこうした4つの構成要素のそれぞれを持っていますが、4つのうちどれに重きを置いているか、によってその肖像のタイプが決まってきます。

それぞれの要素は意味の全体的な可能性のなかで他の要素に影響します 。

例えば、パスポート写真はふつう簡素なあるいは単純な背景を持っていますが、なぜ、そうなっているか分かりますか?

最大の目的は写真の「顔」を目立たせて、顔のすみずみまで見ることにあります。

「背景」がないことで写真は、潜在的な意味つまり写真に写っている人物を包み込む社会的・地理的・個人的な文脈を取りのぞくことができるというわけ。

一般的には、4つの要素(顔、姿勢、服装、場所)が、写真の中で結びついた関係こそがポートレートのレトリック(読者の感動に訴えて説得の効果あげるための豊かな表現)を構成するものなのですが、パスポートはできる限りレトリックを排除しているパターンといえるでしょうね。。

レンズの画角(長焦点、中焦点、単焦点)、被写体深度(浅い、深い )、ライティング(ソフト、ハード、光源の方向と大きさ)など、写真におけるポートレートに関係するこれらすべてのコードはフレーミングの様々な写真的コードと結びついて、4つの主要な要素をコントロールする方法となっています。

以下これらの4つの要素中を順番に考えてみましょう。

1、顔

肖像において表情は決定的に重要であり、ポートレートがどのように意味を表すかに大きな影響を及ぼします。

表情は、例えほんの些細な目や口の動きでも、劇的な影響を生み出します。

口は、「笑っている」、「悲しんでいる」、「怒っている」、など人物の感情を読む手がかりに。

目は「生き生きとしている」、「ギラギラしている」、「人を誘惑している」、などと思えることがあります。

髪型は、皆さんご存知のように、その人物を知りうるたくさんのヒントや情報を僕たちに与えてくれます。

例えば、金髪やアフロであれば、「アーティストかな?デザイナー?それともミュージシャン?たぶん自由業の人で少なくとも銀行員ではないだろうな」などと人物像を予想したりできますよね。

10代くらいの丸坊主の男子であれば、「野球部?」とこれまでの経験則から判断したりします。

僕らは常に、こうした頭と顔の構成要素を 民族性、性別、年齢との関係で、気分、気質、性格をつかみ取ろうと「読解」し、見る者に対する態度を含めたその人の「態度」を理解しようと読解します。

表情がある一連の精神状態を表し、表情をまとう人物の潜在的な気分(怒り・悲しみ・不満・憂鬱など)を示していることについては、みなさんうなづいてくれると思います。

2、姿勢

次は、「姿勢」について考えてみましょう。

写真の中の人物の姿勢は、それ自体が視覚的な主張であり、レトリックの一形態。

写真の人物が直立しているか、何やら考えながら座った椅子にもたれかかっているか、厳しい面持ちで腕組みをしているか、あるいは両腕を体の側面にだらしなくたらしているか、いずれにしろこうした姿勢は組み合わせの面から読解されます。

こういう組み合わせを見抜き、あるいは演出し、それらが全体として何を意味するかを理解すること(またはコントロールすること)が肖像写真家やプロカメラマンの仕事と言っていいでしょう。

姿勢は特別の文化的「アイデンティティ」、例えばパンクロッカーあるいはホテルの支配人としてのアイデンティティを表現する狙いで意識的に採用される振る舞いにもなります。

姿勢や身のこなしが内包しているのは描写される人物について知覚できる性格のあらゆる種類の側面(精神的、心理的、社会的側面など)です。

それは、写真の人物の強さや弱さかもしれないですし、権力かもしれない。

いずれにしても、姿勢は意味作用を持っているので、優れた肖像写真家の技術とは、写真の持つこの修辞的な側面を明確に意識することだと思います。(修辞的側面をまったく意識せずに感覚的にできている写真家もたくさんいるとは思いますが・・・)

顔の表情が気分のレトリックであるように、姿勢は、写真の人物の性格、態度、社会的地位の意味作用に貢献します。

どのように写真の人物がその身体つまり姿勢を保つか、仕草の点でどのような身のこなし方を示すか、は心理的態度をあらわし、社会的集団あるいは社会学的集団を示し、人類学的(民族・文化的)習慣を明らかにするものとして読み取ることができます。

ポートレートがこれらの事項のうちの ひとつ だけしか含んでいないということは稀で、しばしばそれらのすべての側面を含んでいることがほとんど。

冒頭に書いたパスポート写真や免許証 は 、よく知られているように ポートレートに認められる「主観的」感情のすべての側面を除去しようとする ものです。

パスポート写真や免許証 は、両者とも等しく「中立的」コードの樹立を試みますが、その目指すところは人を実際にあるがままに見るために、気分や性格と関係なくアイデンティティを書き込むことにあります。

要は、パスポート写真や免許証は指紋のような存在でなければならないということですね。

パスポート写真や免許証は、中立的で偏見なしの客観的な写真にするために、笑顔を排除し、フラットで固定された照明のもと撮影されます。

ですから、僕らは皆犯罪者のように見えてしまう、という事実はみなさん経験上ご存知でしょう。

僕は、パスポート写真や免許証の写真写りが気に入っている人に会ったことはありません。

逆にいうと、だからこそ一般的なポートレイトは、笑顔が重要なんでしょうね。

写真の人物が、みずからすすんで楽しく撮影に参加して証拠が笑顔といえるかもしれません。
 


 

3、 服装

次は、服装という要素について考えてみましょう。

衣服(あるいは何も着ていない)とそれに釣り合うさまざまな装飾具、 例えば、 宝石、帽子、スカーフ、ブルカ(イスラム教の女性が頭からかぶっている服)などはすべてポートレートのレトリックに貢献しています。

衣服は、人の社会的アイデンティティについて多くを示すとともに、その人が自らの社会的アイデンティティとどのように関わっているのかを(その着こなし方において)示しています。

例えばユニフォームは、工場労働者を警察官から、看護師お医者から区別することを容易にしますよね。

正式なユニフォームではありませんが、 アメリカで発明されたデニムのジーンズは、一般的に普段着の服装コードを示しています。

ジーンズは平等制と民主的なバイセクシャルの服装コードの記号として、いまや 普遍的な存在となったといって過言ではないでしょう。

ジーンズは、自由な人のイメージがありますが、他のタイプの衣服と同じくらい多くのタイプのジーンズがあり、人物に関してずいぶん多くのことを教えてくれます。

ところで、 衣服で人物の身体のどの部分が覆われるのか、覆われないのか 、ということは、ファッションにとって決定的に重要であると思います。

そういうことも流行やエロティシズムなどを表す、衣服のレトリックではないでしょうか。

4、場所(環境)

最後に場所(環境)という要素について考えてみましょう。

ポートレートに写っている人物の背後にある環境や背景は、スタジオの中であろうと日常の屋外、屋内の場所(通りでも建物の中でもいいです)であろうと、その人物に文脈を提供することになります。

それは文字通り、社会的な場所の内部に人物を配置し、その場所に応じて僕らは、写真の人物の立場をその都度判定するわけです。

ファッション写真、家族写真、ドキュメンタリーあるいは警察のマグショット(犯罪者のアレです)さえ、読み取られる場所は重要です。

映画広告はもちろんアートフォトグラフィーの場合ですら、撮影場所の下調べは写真の中のキャラクターと正しく繋がるような場所と空間を見つけるうえで極めて重要である といっていいでしょう。

例えば、サラリーマンがトレンチコートを着ているならば、丸の内などの都市の空間を背景にしてこそよく見えるはず。

一方でサマードレスやビキニであれば、ハワイや沖縄などの南国もしくはビーチがいいでしょうね。

人物が、自宅らしき場所でポーズをとっていれば、時間を気にせずくつろいでいるように見えるかもしれませんし、製造業のひとが作業服を着て工場が背景であれば、仕事場で働く姿ととらえるかもしれません。

ポートレイトのための場所・環境の利用はこのように幅広く、あらゆる場合において撮影場所と前面に出る人物がポートレイトの見方を枠付ける上で決定的に重要となる関係となります。

最後に

ここまで取り上げてきた4つの要素は一体となって作用します。

すなわち、人物の服装・環境・姿勢・顔の表情がポートレートの修辞的な主張においてバランスよく(あるいはあえて崩して)調整されるのです。

ちなみに、現代のハリウッド映画には空間を見、顔を見ようという格言があるそうです。

その意味は、ロングショット(場所の全体状況)は俳優のクローズアップに続けて示せということ。

ロングショットとクロスアップの反復されるモンタージュでは シークエンスで最も重視されるべきものは場面と俳優つまり風景とポートレートという2つの要素であるということです。

しかし、ポートレート写真では 、これら二つが一つのフレームで常に一緒に結びつけられているため 、その二つを分断する必要はありません。

写真においては、場面・人物・姿勢・表情に与えられる意味は 全て一度に同時に出現するからです。

この点で写真におけるこれらの要素の凝縮が提供するレトリックから次のような要求が生まれてくるのです。

「見るものは写真を読み取るべし」

これまで、何も考えずにポートレイトを撮ってきて、なかなかいいのが撮れないと嘆いているあなた!

ポートレイトの意味、今回でいえばポートレイトに存在する4つの要素を考慮し、読み手を意識して写真撮影をすれば、もしかしたらいい写真が撮れるかもしれませんよ。

ただし、天才写真家の方は、これに含めません。

好きなように撮っていただければいいんじゃないでしょうか。