みなさん、沖繩出身の女性アーティストCoccoってご存知ですか。

今回はアーティストCoccoが撮り手としての僕を「被写体」としていたく刺激した話を書きます。

ところで先日、『ジュゴンの見える丘~もう辺野古の海を離れようかな。絶滅危惧種ジュゴンの楽園追放問題』という記事をアップしました。

ジュゴンの見える丘~もう辺野古の海を離れようかな。絶滅危惧種ジュゴンの楽園追放問題

これは、沖繩のおすすめ写真撮影スポットもしくは観光スポットとして沖縄本島北部、名護市の大浦湾を一望できる「ジュゴンの見える丘」を紹介した記事。

で、この記事の最後に、2頭のジュゴンが大浦湾で戯れるニュースを見てCoccoが涙し、数時間後には、名曲『ジュゴンの見える丘』が完成した、ということを書きました。

当然、記事を書く過程で『ジュゴンの見える丘』について調べていたのですが、そこでとても感動的な動画を発見したのです。

その動画の映像は、あるライブでCoccoが『ジュゴンの見える丘』を歌う映像なんですが、歌う直前の「辺野古」と「ジュゴン」についての語りとのセットが、まるでひとつの詩となっていて感動しました。

10分ほどのわりと長めの動画なのですが、3回見てしまいました。

1回目、2回目はふつうに感動して、Coccoの歌う『ジュゴンの見える丘』に没頭していたのですが・・・

途中からだんだんCoccoを写真の被写体として考察している自分に気がつきます。

「この人写真になるわ。絶対なる」

「カメラマンとして何かの商用目的ではなく、純粋に写真家として素のCoccoを撮れたらおもしろいだろうなあ」

「ガチのメンヘラ系という噂もあるから、関わると大変かもなあ」などなど。

写真家として、いろんなことが頭の中を駆け巡りました。

というわけで、「Cocco」「被写体」「辺野古」「ジュゴンの見える丘」という言葉をキーに書いてみたいと思います。
 


 

Coccoとは

まずは、一応Coccoの簡単なプロフィール

<Cocco(こっこ)プロフィール>

1977年沖縄生まれ。シンガー・ソングライター、絵本作家、女優。 97年、シングル「カウントダウン」でメジャーデビュー。「強く儚い者たち」「Raining」などのヒット曲を生み出す。絵本「南の島の星の砂」(2002年 河出書房新社)をはじめ、「こっこさんの台所」(2009年 幻冬舎)、「コトコノコ」(2012年 幻冬舎)、「東京ドリーム」(2013年 ミシマ社)などエッセーも多数。近年は女優としても活躍し、岩井俊二監督映画「リップヴァンウィンクルの花嫁」(2016年)などに出演。2016年8月、通算9枚目となるアルバム「アダンバレエ」をリリースした。Cocco公式サイト

で、Coccoの写真 をこの記事に貼りたいところですが、著作権のない写真を撮影した写真家さんやカメラマンさんに許諾なく使用することはできませんので、Coccoの写真を見たい方は、外部サイトでご覧くださいね。

 

Coccoが語る「辺野古」、「ジュゴンの見える丘」全文

ところで、Coccoがデビューした1997年、僕は東京に住んでいたのですが、Coccoというアーティストの存在を初めて知ったのは、杉並の西荻窪にあった行きつけの飲み屋のトイレに貼られていたデビュー曲『カウントダウン』のポスターがきっかけでした。

レンズを直視している沖縄顔の女の子の写真を見て、「この子、目が沖縄のユタ(簡単にいうと霊能者)みたいだなあ」と感じたのをはっきり覚えています。

とても世俗離れした雰囲気があって、芸能界でやっていける人なのか、同じウチナーンチュとして心配になるほど純粋そうに見えましたね。

その後、何曲かは知っている程度で、いいアーティストだなあとは思っていましたけど、ファンというわけでもなく特別チェックするということもありませんでした。

ただ、さきほど書いたように、Coccoが被写体として醸しだすオーラを圧倒的に感じたのは、先日ある動画を発見してからです。

それは2007年7月7日幕張メッセで開始された「LIVE EARTH]でのCoccoの映像。

Coccoが「ジュゴンの見える丘」を歌う前に、「沖繩の女なので少し沖繩の話をします・・・」と言い、語り始めるMCから始まります。

このMCでCoccoは、「ジュゴンの見える丘」を辺野古問題にからめて話し始めるのですが・・・。

そのMC全文が以下です。

ちなみに、動画の冒頭には琉球朝日放送提供のニュース、辺野古の沖合いでジュゴンが発見された際のニュースが流れます。

で、

2007年6月大浦湾に帰ってきた
2頭のジュゴンに捧げます。
ありがとう。
xxx こっこ

というCoccoのメッセージが流れ、その後がCoccoのMCが始まります。

 

「沖縄の海はまだ美しく見えます。

ジュゴンなんか見た事がない人がつけた
「ジュゴンの見える丘」っていう丘からのぞむ海は
まだ、とても美しく見えます。

その海にアメリカ軍のヘリポート移設が決まって
国はもう着工のために海底調査機を入れて、もう乗り出してます。
(許すなーとヤジが飛び、ちょっと苦笑い)

どんなに声をあげても拒絶しても諦めなきゃいけないことが
あるんだってどっかで覚悟しなきゃって思い始めていて

それで、かといって沖縄の人が全員そのへリポートの移設を
反対してるかって言ったら、そうじゃない事実もあって

飴と鞭の、ヘリポートが鞭だったら
飴っていう施しを受けてる大人の政治がある事も事実で、

そうじゃなくても私たち人間がぶちこわして来た尊いものが
いっぱいそこにあってそれを無くして失ってから
悔いて泣くしかないのかなって思う毎日でした。

でも、先月その海にジュゴンが帰ってきました。

ちょうどそのヘリポート移設の海の、
ちょうど国が設置した海底調査機の真上の
バカみたいに綺麗な海の上に、ジュゴンが2頭泳いでいる姿が
映像におさめられて、そのニュースは沖縄中に駆け巡りました。

いままで、自分は政治家じゃないし唄歌いだから
わからないけど歌うしか無いって多分やって来たけど

でも、6月23日の慰霊の日に
行政展のジュゴンの祈りみたいなあのとき、

こー達はなにも守れなかったしなにもしてあげれなかったし
ブチ壊してきただけなのに、それでも戻って来てくれたジュゴンに
こは一生かけて向き合っていかないといけねえと思いました。

多分そのジュゴンのニュースが内地でどれだけ流れたかは
知らないけど、とっても美しいジュゴンでした。

こんなよ、公共の場所で、しかも人様のイベントで
こんなたくさんの人がいるところで
でも今日はわがままに歌わせて欲しいと思います。

次の曲を、あのジュゴンのためだけに歌いたいです。」

 


 

僕が思う、被写体としてのCocco

上記ピンクにした部分のCoccoが感極まる感じは、たまらなくせつなくていいです。

僕が沖縄人だから同じマイノリティーの同胞みたいな共感も根底にはあると思います。

ただ、Coccoは沖縄とか本土とかアメリカ人とか人間を区切るような感覚で言ってるわけではないんじゃないかなあ。

人間だけではなく生物・植物ひいては鉱物もふくめて1個の大きな愛を持っていると思います。

容姿がどうとか、歌がうまいとかではなく

「存在自体が美しい人」だろうと直感しますね。

ほんとこのひとの写真を撮ってみたいって思わせます。

取材写真みたいな撮り方ではなく、ガシャガシャたくさんシャッターを切るのではなく、ゆったりした余裕のある状況のもとで、ね。

しかも、義務もない感じっていうんですかね・・・何か媒体に載せる前提でもなく、作品にするためでもなく、こう会話するように。

36枚撮りフィルム1本くらいでいいかなあ。

ライカM3でゆっくりね。

作為なく、自分のからだを竹のように空洞にして、ただ流れこんでくる感覚をもとに写真を撮ればいいのができるかも。

ただCoccoは自分でアナログ写真の現像とかプリントもできるみたいなので、セルフポートレイトが一番かもしれないですね。

 

CoccoのMCと歌の動画

さて、MCのあと、Coccoが 「ジュゴンの見える丘」を歌い始めるのですが、歌もすごくいろんなものが伝わってきて、ほんと震えます。

まだ青い空
まだ青い海
終わりを告げるよな
真白色・・・

悲しみは いらない
やさしい歌だけでいい
あなたに降り注ぐ全てが
正しい やさしいになれ

などなど、詞もいいので全文載せたいくらいですが、全文掲載すると著作権的にアレですし、Coccoの歌を僕が文字で説明するのもヤボなので、以下のリンク先の動画をごらんください。

さいごに

正しい やさしいになれ

正しい やさしいになれ

正しい やさしいであれ

と歌い終わったあと、Coccoが以下のメッセージで締めくくります。

I believe and I’m sure,

We can do something

for just Love&Peace

私は 愛と平和のために

私たちにできることがあると確信しています。

 

こういう、魂の純度が高い人のポートレートが撮りたいですね。